日中の親友 

東大理Vをめざす智之クンと 科学者をめざす呉クン

早大理工学部システム工学科に在籍する二人は親友で 叔父を訪ねて実習の途中、二本松に寄ってきました。 夏には呉クンの故郷 中国の蘇州に二人で行ってきたそうです。

 智之クンは 細川元首相の出た高校に通っていた為 政治の世界を身近に感じ 医学と政治の両方をめざす若者です。 ただ東大に固執することには疑問を持っています。大学名にこだわるのではなく君の人生を賭けて何をするかが本質です。 大学(高校)とは 社会人として本当の人生を歩む準備段階 プロセスでしかありません。そこで自らを高め 鍛えるのです。 ところが そこに入ることによって もしくは出ることによって 燃え尽きる若者がいるのは本末転倒です。 政治一筋に入っていく事にも今の君には反対です。学校の先生がそうであるように 政治家ももっと広い世界を知るべきです。  学生の時から雄弁会に入ってその社会にどっぷりと漬かり その仕組みを知り尽くし 技術を磨くだけではない政治家が (人脈は重要でしょうが) 今後必要とされるはずです。(雄弁会から出た立派な政治家もいますが)  もしくは二世議員ばかりではない もっと個性輝く 様々な社会の叡智を違う発想を持ち寄って  この国の未来のあるべき姿を形創っていくことが 今後これからの日本に求められてくると思われます。 英国のようにマイノリティが尊重される個性的な社会が いつか訪れるはずです。  医学の道を極めながら政治に関わっていく事もきっとできるはずです。いずれにしても 君の人生は自分で決めていく自由がありますが  人生を左右する大きな分岐点に立っている今 悔いを残さない決断をして下さい。ただ 最後は親も友達も助けてはくれません。 決断の責任もとってくれません。ベーデンパウエル卿が言った 「自分のカヌーは自分で漕げ!」です。 大海原に小さなカヌーで漕ぎ出そうとしている君に 誰も手を貸すことはできないのです。夜 星を見ながら 自分の進路を自分で決めて  自分で前進して行くのです。  わが人生に悔い無し。と最期に言えるよう 君の持つ才能を存分に開花させ 悠然と散っていけるような人生  そのための青春であってほしいと願っています。

 一方 呉クンは中国 蘇州からの国費留学生。おじいちゃんが かつての国民党中央大学の学長をしていたという。 おじいちゃんは今は生きていませんが おばあちゃんは健在で でも日本軍の空軍機からの機銃攻撃で左腕を何発も打ち抜かれ  今でも左手は動かないそうです。おばあちゃんは戦争の話はしないそうですが それ以上に文化大革命がおばあちゃんの精神に 大きな痛手を与えているそうです。革命前 呉クンの家は広大な土地を持った 地位の高い家柄でした。それが一瞬にして全てを奪われ  かつ いつ処刑されるかという恐怖の日々を過ごしたそうです。 (私の母方の家も 日本の農地解放という政策で  ほとんどの土地を奪われました。日本も近年同じような事をやっているのです。) でも現在はダイオードを作っていて  世界中の多くの大企業と取り引きをしているそうです。ダイオードは工業製品の米と言われるほど  現代のほとんど全ての工業製品に使われているそうです。 おじいちゃんも日本に留学したように呉クンも高校の時から東京に来ています。 そこで彼が感じたことは日本は高校でもインターネットをほとんど教えない。という驚き。 中国では小学校からコンピューターの基礎をしっかり教え、高校ではかなりレベルの高いことをやっているそうです。特に海岸沿いの北京・ 上海・杭州等々の都市では学生のインターネット普及率は日本を越えているそうです(呉クン曰く)。日本の場合  大学受験に出ないことはやっても意味が無い。これですから インターネットに熱が入る訳ないです。 インドの大学は24時間PCの教室を開放していて ワールドワイドな視野で学問と実践を融合させています。 呉クンも科学者をめざすとしていますが 机上の学問だけではつまらないという思いもあるようです。  日本はこのままでいいのでしょうか! メールとゲームだけで・・。このままだと 確実に世界に追い抜かれます。 GDP世界第二位の先進国だと思っていたら 今の若者のレベルが 次世代の国のレベルになっていきます。 いままでの蓄積はあまり物を言わない 別世界の 未知の 大変革が 起ころうとしています。 日本の教育はいまのままでいいのでしょうか? 日本の若者の目は 取り分け目標のない 今のままでいいのでしょうか?  ひたひたと追いつき 追い越されていく世界の足音が聞こえてきます。

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